更新日: 2021年05月21日
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八丁堀『マレーカンポン』の店主を励まし続けたのは、アジアの名宰相だった/連載第1回

日本人の日常にすっかり溶け込んだ異国の料理店。いまや全世界の料理が勢揃いしそうな勢いですが、そもそも彼らはなぜ、世界的には辺境といえる極東の島国で商いをしているのでしょうか。日本で腕を振るうに至った店主の半生に迫りつつ、まだ見ぬ異国の料理を伝える連載『辺境食堂』。第1回目はマレーシア料理の『マレーカンポン』です。(2019年5月27日公開)

熊崎敬
サッカーを中心に取材、執筆を続けるスポーツラ...
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大使館御用達の店で腕を振るったシェフが作る伝統的マレー料理

インバウンド真っ盛りの日本。都市部はもちろん、田舎に足を伸ばしても、外国人を見かけることが珍しくなくなった。首都圏のコンビニで働くのは、もはや外国人のほうが多いかもしれない。

来日19年目を迎えるマレーシア人ムスキさんは、そんな働く外国人を見るたびに、19年前の自分を思い出し、心の中でエールを贈っているのだとか。
「この前、コンビニでベトナム人の女の子が、日本人の店員さんに怒られていたの。働き始めたばかりで、慣れていなかったんだと思う。そんな子を見ると、いつもがんばれって思うんだよね」

マレーシア半島東岸の小さな島に生まれたムスキさん。島のレストランで働いていたときに日本人女性と知り合い、そのまま東京に移り住んだ。
日本語学校に通いながら、マレーシア大使館御用達のレストランで腕を振るい、2009年、下町の情緒が残る東京・八丁堀でマレー料理のレストラン『Malay Kampung(マレーカンポン)』を開いた。
店長のムスキさん。元は大使館で腕を振るった料理人だ

東京のビル街にマレーシアの田舎を再現したかった

カンポンというのは、マレー語で「田舎」という意味。せわしない東京のビル街の片隅に、ゆったりと時間が流れる故郷の雰囲気を再現しようとしたのだ。

ちなみにカンポンの厨房は、屋台を思わせる造り。これもまたマレーシア風。
屋台はマレーシア人にとって、なくてはならない大切なもの。この国の人々は友人や仕事仲間に会うたびに「スダマカン(ごはん食べた)?」と挨拶を交わし、「まだ」なら決まって行きつけの屋台に向かう。朝、昼、晩の3食を屋台で済ます人も少なくない。

いまでこそ、ランチタイムは会社員を中心に大賑わいになるカンポンも、開店当初は苦戦続き。
「だって、日本人はマレーシアのことを知らないんですから」
ムスキさんいわく、東南アジアと聞いて日本人が思い浮かべるのはお隣のシンガポールとタイばかり。新天地で自分の祖国が知られていない……。その心細さは、生まれた国にずっと暮らしている私には、ちょっと想像できません。
クアラルンプールの夜市。この空気感を日本で再現したのがマレーカンポン
そんなムスキさんにとって、励みになった人物がいる。
在任22年、マレーシアを飛躍的に豊かにしたマハティール首相だ。世界一有名なマレーシア人である首相は、大の親日家としても知られている。
「マハティールさんのおかげで、会社勤めをしている人にマレーシアが知られるようになったのかな。そこからカンポンに足を運んでくれるようになった人も多いよ」

店が次第に上向くとともに、ムスキさんも日本の暮らしにも馴染んできた。
マレーシアはマレー系、インド系、中国系の民族が暮らす多民族国家。マレー人のムスキさんは敬虔なイスラム教徒で、忙しい仕事の合間を縫って、しばしばモスクの礼拝に向かう。近年は日本でもイスラム教徒への理解が少しずつ広がり、ハラルフードを食べられる場所やモスクが増えてきた。
「いままで、ちょっと離れた代々木上原や御徒町のモスクに行っていたけど、最近は礼拝スペースが増えて便利になってきたね。イスラム教徒にも暮らしやすくなってきたよ」

農作業前の朝ご飯として広まった、マレーシアの伝統食「ナシレマ」

マレーシアの伝統食「ナシレマ」1,000円(税抜)
そんなムスキさんが、カンポン自慢のひと皿を食べさせてくれた。
その名は「ナシレマ」。ココナッツミルクで炊いたごはんに「サンバル」という甘辛ソースを混ぜて食べる、マレーシアの伝統食。カンポンではチキンカレーに小魚、ピーナツ、キュウリなど多彩なおかずがついてくる。
「もともと農作業前の朝ごはんとして食べられてきたんだよ。みんな大好きで、朝、屋台でナシレマを食べて仕事や学校に向かう。これ目当てに、カンポンに通うお客さんも多いよ」

香り高いココナッツライスと甘辛いサンバルの相性は抜群。これにまろやかなゆで玉子、みずみずしいキュウリ、カリッとしたピーナツを好みで混ぜ合わせていくと、食感や風味が変わっていき、まったく飽きがこない。
これを食べて、マレーシア人の一日は始まるのか……。
2度ほど旅した、マレーシアの田園風景が甦ってきた。

カンポンで働き続けるムスキさんには、いちばんうれしい瞬間があるという。
それはナシレマを初めて食べた日本人の表情が変わる瞬間。ひと口食べて「おお! これは!」とほころぶ表情を、厨房からしっかりチェックしているのだ。
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熊崎敬
サッカーを中心に取材、執筆を続けるスポーツライター。海外に出かけては草サッカー見物やスタジアム巡りに精を出している。著書に『サッカーことばランド』(ころから)、『カルチョの休日』(内外出版)など。趣味は草野球。 「FC ROJI」https://fcroji.com/

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