更新日: 2023年08月25日
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ペルー料理店の元祖・五反田『アルコイリス』の料理に滲む、日系移民の苦難の歴史

料理といえば肉と豆の印象が強い南米にあって、ペルーは海鮮料理で知られる美食の国だとご存じですか?同国の文化遺産にもなった郷土料理「セビーチェ」を日本のペルー料理店の元祖・五反田『アルコイリス』で堪能したら、思いがけず日系移民の苦難の歴史に触れることになりました。——日本の日常に溶け込んだ異国の料理店で働く人々の人生に触れる連載『辺境食堂』、今回はペルー料理の店『アルコイリス』です。(2019年7月18日公開)

Sainowaki

美食の国・ペルーは新鮮な魚貝の宝庫

南米サッカーが好きな私は、年に一度、取材も兼ねて南米を放浪する。その中で、ちょくちょくお世話になるのがペルー料理。

南米の食事といえば、肉と豆が定番だ。
世界的に有名なブラジルのシュラスコ、アルゼンチンやウルグアイのアサードは私も大好き。ただ、肉、肉、肉と続くとさすがに飽きる。
そんなときに飛び込むのがペルーレストラン。
ペルー料理は南米中にファンがいて、大都市に行けばかならずレストランがある。

ペルーレストランで、私が決まって頼むひと皿がある。それがペルーの国民食「セビーチェ」。
太平洋に面したこの国は、新鮮な魚介の宝庫。タイやイカやタコに、野菜がたっぷり添えられたセビーチェを食べると、気分がリフレッシュされる。

「久しぶりにセビーチェ食べたい!」
そう思った私は在日ペルーレストランの草分け、五反田の『アルコイリス』に出かけた。店名はスペイン語で「虹」を意味する。
アルコイリスのセビーチェ
「セビーチェ」
早速、お目当てのセビーチェが登場。海のものと山のものが織りなす鮮やかな色彩だけでテンションが上がる。
そしてひと口食べると、独特の酸味とからさが広がる。香草と香辛料が効いているのだ。

魚介を味わい、野菜も食べて大満足したところで、『アルコイリス』店主の新垣善博さんが「スープもどうぞ」。
お皿に広がる黄色いスープを味わうと、「ムムム……」と思わずうなってしまった。魚介のうまみがしっかりと出ているのだ。
ちなみにこのスープ、ペルーでは「虎のミルク」とか「豹(ヒョウ)のミルク」と呼ばれ、これがメインになっている料理もあるほどだとか。
なんだかすごいぞ、セビーチェ。

さて、セビーチェの深く豊かな味を存分に満喫したところで、『アルコイリス』店主の新垣さんに店を出した経緯をたずねたところ、思いもかけず波乱万丈の一代記を聞くことになった。

「貨物船で50日かけて、ブラジルに向かうのさ」

アルコイリスの新垣善博さん
沖縄県北中城(きたなかぐすく)村に生まれた新垣さんは、69歳。
小学3年生のときに南米に渡った、移民1世である。
沖縄独特の口調で、新垣さんが移民船の思い出を語りはじめる。

「貨物船で50日かけて、ブラジルに向かうのさ。みんなで過ごした船の底は、寝ても覚めてもエンジン音で揺れていたなあ。移民船は赤道を超えるとお祭りをする習わしがあって、甲板で運動会もやったんだよ」

ブラジルに上陸した一行は、一路内陸を目指した。汽車に揺られ、船に揺られて奥へ奥へ、そのまた奥へ。
そしてたどりついたのがボリビア東部、サンタクルス州のジャングル!

新垣さんが苦笑交じりに振り返る。
「一戸あたり50ヘクタールもらえると聞いて、親は喜んで移住を決めたらしいよ。でもそこは、電気も水も通っていない未開のジャングルだったんだ」

「ぼくは子どもだったから、ジャングル暮らしを楽しめたのさ」

アルコイリスの内観
ブラジル移民に伝わる、こんな歌がある。
『移民会社にだまされて、地球の裏側来てみれば、聞いて極楽、見て地獄。オンサに食われりゃ世話はない』
オンサというのは豹のこと。移民の多くが病気や事故や借金に苦しめられた。
新垣家もまずしい暮らしを強いられた。だがボリビア時代を語る新垣さんは、なぜかとてもうれしそう。

「ぼくは子どもだったから、ジャングル暮らしを楽しめたのさ。あの楽しかったボリビア時代の話を聞いてもらえるなんて、うれしいねえ」とニコニコしている。

家や学校は、自分たちで建てた。
「丸太の家、風通しだけはいいんだなあ。カギはないけど、盗まれるものなんてないからねえ」

遊びはビー玉。
「沖縄にはガラス玉があったけど、ジャングルにはないから、とがった石で木の実を丸く削るのさ」

食べられるものは、なんでも食べた。
「動くものはつかまえて口に入れたよ。アルマジロもヘビも。ぜいたくなもの? パパイヤだね。隣村からもらったパパイヤ、あれはうまかったよ」

移民村に、初めて赤ちゃんが生まれたときも忘れられない。
「お産が始まって、ぼくが産婆さんを呼びに走ったんだ。電話もメールもないからねえ、真っ暗闇のジャングルをはだしで片道3kmも走ったんだよ」

ジャングルでの思い出は尽きることがない。
アルコイリスの内観
移民村の小学校を出た新垣さんは、その後、アルゼンチンに移住。
首都の名門ブエノスアイレス大学に入学して、卒業後も「働きたくないから」と故郷に戻り、琉球大学で電子工学を学んで東京でシステムエンジニアとして働くようになった。

ボリビア後の人生を、駆け足でちゃちゃっと語り終えた新垣さん。とくに語ることがないのは、ジャングル暮らしが面白すぎて、その後が単調に思えて仕方なかったからだ。

「……で、エンジニアの仕事をやめて、ペルーレストランを始めたってわけ」

なるほど……と納得した私。
でも、待てよ? ブラジルもボリビアもアルゼンチンも出てきたけど、ペルーはどこにも出てきてないじゃん。

日本初のペルーレストラン『アルコイリス』は労働者で大盛況

新垣さんがペルーと関わりを持ったのは、実は東京でのサラリーマン時代のこと。
駅のホームでスペイン語を話す女性がいたので、声をかけたらペルー人女性だった。
「そうそう、つまりはナンパしたってわけだ」
素直に白状する新垣さん。彼女はのちに妻となった。

新垣さんが来日した1980年代初頭、バブル景気に湧く日本では4万人ものペルー人出稼ぎ労働者たちが働いていた。
働き盛りで食欲旺盛な彼らは、多くが単身赴任だったこともあり、日々の食事に困っていたという。

力仕事で空いた腹、日本のめしではふくらまぬ。

ならば、と新垣さんは思いついた。
システムエンジニアをやめ、本場の味を知る妻とその家族を巻き込んで川崎にペルーレストラン『アルコイリス』を出したのだ。
アルコイリスのセココンビナト
「セココンビナト」。牛肉と豆の煮込みにご飯を添えた、ペルー料理を代表するボリューム満点のひと皿
「日本でペルーレストランを出したのは、ぼくが最初だよ。すぐに流行ったよ。週末は大行列。ならんでるのは、みんなペルー人。口コミで労働者たちが押し寄せてくるんだ。それで川崎の次に五反田に店を出し、藤沢、大和、厚木……。ペルー人労働者のいる街に次々と『アルコイリス』をオープンさせたよ。あのころは面白かったなあ」

最盛期には5店舗を誇った『アルコイリス』。だが、リーマンショックや東日本大震災によって出稼ぎが減り、いまは川崎と五反田の2店舗になった。

とはいえ、悪いことばかりではない。ペルー人は減ってきたが、日本人客が増えてきた。
インカ帝国の遺跡「マチュピチュ」が世界遺産に登録されたことで、ペルーに興味を持つ日本人が来店するようになったのだ。
『アルコイリス』は、遠く離れた日本とペルーの架け橋となった。

「大晦日は決まってディスコで年越しするのさ」

アルコイリスの新垣善博さん
来年古希を迎える新垣さんには、悩みがあるという。
「趣味がないのさ。家にいてもやることがないから、ついつい店で長く過ごしてしまう……」

だが聞き取りを続けていると、新垣さんが年に4、5回、六本木のディスコに出かけていることが判明した。しかも、朝まで踊っているらしい。69歳なのに、すごい!

「大晦日は決まってディスコで年越しするのさ。女性に声をかけるかって? そりゃあ、かけるさ。そうしなきゃ、踊る相手が見つからないでしょ? でもね、ペルー人のように上手くは踊れないんだ。彼らの微妙な動きは、どうやったって真似できないんだよ……」
ぼやきながらも新垣さん、人生を存分に楽しんでいるじゃないですか。

気がつけばボリビアのジャングルにいて、ペルーに行ったことがないのに、なぜかペルーレストランを開いていた新垣さん。
人生どう転んでも、おもしろがって生きていく——。
この精神、私も大いに学びたいなあ。

新垣さんの人生とともに噛みしめたセビーチェ。
五反田の『アルコイリス』には、今日も素敵な時間が流れている。
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ペルー料理店の元祖・五反田『アルコイリス』の料理に滲む、日系移民の苦難の歴史

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