更新日:
2019年11月15日
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恵比寿『Le Coq』がサラマンダーで焼き上げる、シャラン産鴨の絶妙な旨みと野性味
恵比寿『Le Coq』は知る人ぞ知るフレンチの名店。料理のプロにも一目置かれるシェフ、比留間光弘さんの「シャラン産鴨のロースト」の格別の旨みと野性味は、フレンチでは珍しい調理器具サラマンダーが引き出しているのです。……一流の料理人が自ら愛用する3つの道具へのこだわりを語り、料理への哲学を詳らかにする連載『料理のプロの三種の神器』です。(全3話・中編/2019年11月7日公開)
- 石黒由紀子
- エッセイスト。日々の暮らしの中にある小さなし...
大切な人とずっと長く通いたい——そう思わせるフレンチ・恵比寿『Le Coq』。席数12。シェフの比留間光弘さんと、サービスを担当する奥さま、真由美さんのふたりだけで切り盛りする小さなレストラン。基本に忠実、でも独創性あふれる比留間さんの料理には、味にこだわりを持つ食通なファンが多い。料理と道具のはなしをじっくりと伺った。(全3話・中編)
サラマンダーで焼き上げる『Le Coq』ならではの鴨のロースト
恵比寿の小さなフレンチ、『Le Coq』の比留間さんがつくってくれたふたつめの料理は「シャラン産 鴨のスパイスロースト」。
存在感のある鴨が2枚。チコリの上にゆったりと横たわっている。秋が深まるとジビエが出てくるので、鴨を楽しめる時期はそう長くはなく貴重だ。
存在感のある鴨が2枚。チコリの上にゆったりと横たわっている。秋が深まるとジビエが出てくるので、鴨を楽しめる時期はそう長くはなく貴重だ。
まず、ひと口……。口の中にはジュワッと肉汁が溢れる。野性味があり、しっかりとした味わい。あぁ、赤ワインが欲しい。
またひと口、鴨のコクを楽しむ。味に力強さがあるのに、口の中はさっぱりとして、あと味は淡白でさえある。
しっかりと味わえるのに、重くなくて身体にやさしい。それが比留間さんの料理から受ける印象。どれを食べても身体にすっと入り、心身の滋養になる気がする。
この日の鴨は、フランス・ボルドーの北、西海側にある町、シャラン産の鴨。
血を抜かずに屠鳥されるので、しっとりとして風味が高いことで知られる貴重な鴨なのだ。
この鴨をはじめ、『Le Coq』の肉料理のほとんどに活躍するのがサラマンダー。一般的にはグラタンや魚に焼き色や焦げ目をつけるための、高温で表面に焼き色をつける電気厨房機器だ。
またひと口、鴨のコクを楽しむ。味に力強さがあるのに、口の中はさっぱりとして、あと味は淡白でさえある。
しっかりと味わえるのに、重くなくて身体にやさしい。それが比留間さんの料理から受ける印象。どれを食べても身体にすっと入り、心身の滋養になる気がする。
この日の鴨は、フランス・ボルドーの北、西海側にある町、シャラン産の鴨。
血を抜かずに屠鳥されるので、しっとりとして風味が高いことで知られる貴重な鴨なのだ。
この鴨をはじめ、『Le Coq』の肉料理のほとんどに活躍するのがサラマンダー。一般的にはグラタンや魚に焼き色や焦げ目をつけるための、高温で表面に焼き色をつける電気厨房機器だ。
「修業時代から、いつかサラマンダーを使いたいと思っていた」
比留間さんは鴨肉にじっくり火を通すために使う。
鴨肉は南部鉄器の厚手のフライパンで焦げ目をつける程度に焼いてからサラマンダーに入れ、じっくりじっくり肉に火を通すのが比留間さんのやり方。
スパイスは、シナモン、ナツメグ、メース(ナツメグの外側についている網目状の膜を乾燥させたもの)クローブ、コリアンダー、しょうが。そして、黒こしょう。ナツメグとメースの両方を入れるのは、それぞれが持つ香りを大切にしたいから。
フライパンで焼き目をつけるのも、サラマンダーで焼き上げるのも、時間やタイミングは比留間さんの経験に基づく感覚で。
「そのときの肉の具合にもよるし、何分とか、一概に言えないですね。言葉にするのは難しいです。フライパンだけで焼き上げると香りがなくなってしまったり、表面が固くなってしまったり。ガスオーブンだけを使って焼くと、ジューシーには焼けても身が縮んでしまうような気がします。温度設定もその都度変えなくてはならなかったり」
しっとりしていてジューシーで風味豊か——比留間さんが「こう焼きたい」というイメージに焼き上げるには、サラマンダーを使うのが一番よかった。
鴨肉は南部鉄器の厚手のフライパンで焦げ目をつける程度に焼いてからサラマンダーに入れ、じっくりじっくり肉に火を通すのが比留間さんのやり方。
スパイスは、シナモン、ナツメグ、メース(ナツメグの外側についている網目状の膜を乾燥させたもの)クローブ、コリアンダー、しょうが。そして、黒こしょう。ナツメグとメースの両方を入れるのは、それぞれが持つ香りを大切にしたいから。
フライパンで焼き目をつけるのも、サラマンダーで焼き上げるのも、時間やタイミングは比留間さんの経験に基づく感覚で。
「そのときの肉の具合にもよるし、何分とか、一概に言えないですね。言葉にするのは難しいです。フライパンだけで焼き上げると香りがなくなってしまったり、表面が固くなってしまったり。ガスオーブンだけを使って焼くと、ジューシーには焼けても身が縮んでしまうような気がします。温度設定もその都度変えなくてはならなかったり」
しっとりしていてジューシーで風味豊か——比留間さんが「こう焼きたい」というイメージに焼き上げるには、サラマンダーを使うのが一番よかった。
11年前、永住する覚悟で渡仏した比留間夫妻だったが、ビザの関係で叶わず帰国。
現在のお店をオープンすることになったとき、どんなお店でどんな料理をつくるのかイメージを固め、道具についても見直した。そのタイミングでサラマンダーの導入を決めた。
けっして広いとは言えない厨房の真ん中に、そこそこ大きく存在感のあるサラマンダーが鎮座する。
「修行時代、サラマンダーを料理に使っているお店が1軒だけありました。おもしろいなと興味を持って、いつか使ってみたいと考えていました。お客さまに食べていただくとき、噛む前と噛んだあとの口の中の変化を感じてもらえたら、と思っています」
単に焼いた鴨とは思えないやわらかさとジューシーさを感じさせるあたりは、たしかにサラマンダーにしか出せない良さなのだろう。
メーカーは厨房機器のタニコー。特に吟味して選んだわけではないが、気に入っている。厨房の中にある道具の中でも使用頻度が高いほうだが、全然壊れない。
「頑丈で、使っていて安心感がある」そうだ。
現在のお店をオープンすることになったとき、どんなお店でどんな料理をつくるのかイメージを固め、道具についても見直した。そのタイミングでサラマンダーの導入を決めた。
けっして広いとは言えない厨房の真ん中に、そこそこ大きく存在感のあるサラマンダーが鎮座する。
「修行時代、サラマンダーを料理に使っているお店が1軒だけありました。おもしろいなと興味を持って、いつか使ってみたいと考えていました。お客さまに食べていただくとき、噛む前と噛んだあとの口の中の変化を感じてもらえたら、と思っています」
単に焼いた鴨とは思えないやわらかさとジューシーさを感じさせるあたりは、たしかにサラマンダーにしか出せない良さなのだろう。
メーカーは厨房機器のタニコー。特に吟味して選んだわけではないが、気に入っている。厨房の中にある道具の中でも使用頻度が高いほうだが、全然壊れない。
「頑丈で、使っていて安心感がある」そうだ。
料理もお店も、潔いほどにシンプル
「失礼なことを伺いますが、今日は取材があるから、ということで厨房をきれいしてくださったのでしょうか?」
取材に同行していた編集長が切り出した。たしかに、そう聞きたくなるくらい、片付けられている。無駄なものが何もなく、必要なものだけがさりげなくそこにある。
「いやぁ、狭いからあまり道具を置けないんですよ。料理をはじめた頃、道具はどれも必要な気がして『とりあえずなんでも揃えよう』という感じの時期もありました。でも、だんだん『ありすぎると邪魔だな』と思うようになって、今にいたります」
比留間さんはそう言って笑うけれど、これまでの紆余曲折、試行錯誤の末に辿りついた境地に違いない。
店内の装飾も厨房も潔いほどにシンプル。でも殺風景ではなく居心地がいい。
比留間さんの料理、比留間さんのお店。ミニマルに見えて、どちらも豊かなニュアンスにあふれている。
(後編に続く)
取材に同行していた編集長が切り出した。たしかに、そう聞きたくなるくらい、片付けられている。無駄なものが何もなく、必要なものだけがさりげなくそこにある。
「いやぁ、狭いからあまり道具を置けないんですよ。料理をはじめた頃、道具はどれも必要な気がして『とりあえずなんでも揃えよう』という感じの時期もありました。でも、だんだん『ありすぎると邪魔だな』と思うようになって、今にいたります」
比留間さんはそう言って笑うけれど、これまでの紆余曲折、試行錯誤の末に辿りついた境地に違いない。
店内の装飾も厨房も潔いほどにシンプル。でも殺風景ではなく居心地がいい。
比留間さんの料理、比留間さんのお店。ミニマルに見えて、どちらも豊かなニュアンスにあふれている。
(後編に続く)
比留間光弘(ひるまみつひろ)
19歳で渡仏し、パリ『ル・ムフレット』『ギィ・キャルトン』など、パリの3つ星を中心に8年半の修行を経て帰国。会員制レストラン『Q.E.D.クラブ』の料理長をつとめ、97年に東京・世田谷に『Le Coq』を開店。08年に恵比寿に移転。右は夫人の真由美さん。
19歳で渡仏し、パリ『ル・ムフレット』『ギィ・キャルトン』など、パリの3つ星を中心に8年半の修行を経て帰国。会員制レストラン『Q.E.D.クラブ』の料理長をつとめ、97年に東京・世田谷に『Le Coq』を開店。08年に恵比寿に移転。右は夫人の真由美さん。
(写真=松園多聞 Matsuzono Tamon)
恵比寿『Le Coq(ルコック)』
夫婦で営む座席数12の小さなフレンチレストラン。ミシュラン1つ星を獲得。東京・世田谷で10年営業したのち、2008年から恵比寿に移転。品よくアットホームな雰囲気に、息の長いファンが多い。おまかせコースは8,000円から。不定休。
夫婦で営む座席数12の小さなフレンチレストラン。ミシュラン1つ星を獲得。東京・世田谷で10年営業したのち、2008年から恵比寿に移転。品よくアットホームな雰囲気に、息の長いファンが多い。おまかせコースは8,000円から。不定休。
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- 石黒由紀子
- エッセイスト。日々の暮らしの中にある小さなしあわせを綴るほか、女性誌やWEBに、ペットや本や映画のリコメンドを執筆。楽しみは、散歩、旅、おいしいお酒とごはん、音楽。近著は『楽しかったね、ありがとう』(幻冬舎) http://www.blueorange.co.jp/yuruyuru/index.htm
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